B-4. 節回し・しゃくり



歌のしゃくりとは?

1. 「しゃくり」とは何か?

これは、ここ数十年で言われるようになった新しい音楽用語で、歌のテクニックに付けられた名前です。

この言葉は、日本のポピュラー音楽で言われる用語ですので、いわゆるクラッシックなどの音楽用語ではありません。

日本の音楽業界用語と言っても良いかもしれません。

歌には、必ず「節」と言うものが付いています。

「節」と聞くと演歌や民謡などを連想してしまいますが、節は演歌だけではなく幅広くポップスやラップ、ソウル、レゲエ、Jazz、Rockなど様々なジャンル、ほとんどの歌に付いています。

例えば、みなさんが想像しやすい演歌の「こぶし」なども節のひとつと言えます。

ソウル系のシンガーもよく節を回しますが、例えばスティービー・ワンダーなどは彼特有の解釈でメロディーに節をつけて歌いますよね。

同じく「しゃくり」もそう言った節のひとつなのです。

2. 「しゃくり」とは、どんなテクニックか?

では、具体的にはどんなものを「しゃくり」というのか?説明します。

「しゃくり」のテクニックを具体的に言うと

音程を下から上にズリ上げる歌唱法です。

音程を下から上にしゃくり上げるので「しゃくり」と言われます。

単純明快ですね。

他の音楽用語では「ポルタメント」「グリッサンド」「ベンドアップ」、ギターの奏法では「スライド奏法」「チョーキング」と言うのがありますが、それとよく似ています。

3. 【しゃくり」のない歌】と【しゃくりを入れた歌】の聴き比べ

しゃくりのない【A】の歌

譜面にある音符通りのメロディ。とてもストレートな歌です。

よく言えば、飾り気がなく純粋なイメージ。

しゃくりを入れた【B】の歌

これは、譜面のメロディを少しくずして歌っています。

童謡なのですが、ちょっと今風の歌にも聴こえますね

では、シャクリ部分をどの様に歌っているのか?譜面上に歌っている音程ラインを入れて詳しく見てみましょう。

しゃくりのないAの音程ライン

しゃくりを入れたAの音程ライン
まず、グリーンがAの音程ラインです。

ストレートに、音符の位置通りに音程が上下していますね。

しゃくりを入れたBの音程ライン

しゃくりを入れたBの音程ライン
赤で示したのが、シャクリを入れたBの音程ラインです。

パッと見、何処が違うのかあまりわかりませんが、例えば最初の音の出だし部分など、Aのラインとは違っていますね。

ABの音程ラインを比べてみる

しゃくりを入れた歌と入れない歌を重ねた音程ライン
では、2つを重ねてみましょう。

丸く囲った部分がシャクリ部分です。

どうでしょうか?

Bの赤い音程のラインは、音符の位置より少しズレて上に上がっているのが分かると思います。

本来のメロディより少し遅れて音を下からしゃくり上げています。

コレが「しゃくり」の正体なのです。

しゃくりはボーカリストの個性になる

歌に「しゃくり」を入れると

歌に表情が出てきます。

歌の表情は、その人それぞれの表現の幅であり、個性です。

「しゃくり」を上手に取り入れる事で、同じ歌でも聴こえ方が全く変わってきます。

このように、歌には節と言うものがあり、その中でも「しゃくり」はとてもよく使われるテクニックです。

ポップスソングの中には、必ずといって良いほど入っているテクニックですので、皆さんも知らず知らずのうちに聴いているハズです。

アナタが歌う時にも、自然にしゃくりが入っていることも多いと思います。でも、、それが「しゃくり」だと言う事に気づいている人は少ないのです。

当校でもこのレクチャーを聞いて、目からウロコが落ちる生徒が大勢おります。知ってそうで意外と知らない節の知識なんですね。

さて、「しゃくり」が何か理解できたら、自分のお気に入り曲にしゃくりを探してみてください。どんな場所に入っているのか、よくよく聞いて研究してみてくださいね。

必ず、アナタの実になります。

唱テクニックの3つの具体例

【しゃくり】に大事な3つの要素

【しゃくり】を使うことで、メロディに表情がつきます

女性で言うとメイクのようなもの、スッピンから少しずつ色を加えて、いつもと違う表情を演出する感覚に似ています。

メイクの度合いによって見え方も変わって来ますね。

歌における【しゃくり】でも同じ様なことが言えます。

とは言っても、【しゃくり】のないストレートな歌にだって、純粋な良さがあります。

一方で、【しゃくり】など節を加えた歌にも表情豊かに胸を打つ良さがあります。

どちらが正しいということではありません。

豊かな表情を生み出す【しゃくり】には大事な3大要素があります。

【しゃくり】3要素

1. しゃくりを入れる場所
2.
しゃくり上げるスピード
3.
しゃくり上げる音程の幅

この3つの要素を組み合わせることで、歌に様々な表現のバリエーションを作ることができます。

アナタ独自のしゃくりを使う事で、あなただけの表現に変わります。

今回はみなさん良くご存知の童謡「春よ来い」を使った音源で説明して行きましょう。

1. しゃくりを入れる場所

「しゃくりを入れる場所」に特に決まりはありません。

自分で入れたい部分に入れてOKです。

ですが、一般的に言うと、

・フレーズの始まりの音

・フレーズの終わりの音

で使われる事が多い傾向にあります。

【しゃくり】を入れた歌「春よ来い」

春よ来い_しゃくり-メロディー譜

DAM精密採点DXのマークを少し真似て、赤いチェックマークがしゃくり部分です。

フレーズの最初は歌い出しですので、シャクリが入れやすい場所でもあります。

また、最後の音符が長い場合も入れやすい傾向にあります。

曲のテンポによりますが、あまり細かい音符(例えば16部音符が沢山続く様なフレーズ)にはつけづらいでしょう。

フレーズ全体に【しゃくり】が入る歌「故郷」

フレーズ全体に入る様な事もあります。

「どこで入れるか?」と言うセオリーはありません。

独自の感性で入れて、それがハマればアナタの個性にもなります。

2. しゃくり上げるスピード

これは大きく言うと2つに別れます。

A.ゆっくりとしゃくる

B.早くしゃくる

しゃくり上げる音程の幅

これはつまり、どの音程からしゃくり上げるか?と言うことです。

始まりの音程をどのへんに設定するかによって、聴こえ方が全然違って聴こえます。

これも大きく分けると2種類あります。

A.メロディより1音下からしゃくる

B.メロディよりもっと下の音程からしゃくる

3つの大事な要素を上げましたが、ご理解いただけたでしょうか?

それぞれを聴き比べてみると、表情が違って聴こえるのがお分かり頂けると思います。

同じメロディでも、【しゃくり】の入れ方ひとつで様々な表現になります。

それぞれの「違い」は、一度聴くだけでは分かりづらいかもしれませんが、そのくらい細かいフレーズの積み重ねで歌は出来ているのです。

今回書いた、3つの要素の組み合わせで、様々なタイプのしゃくりを表現出来ます。

これは、それぞれの歌の個性につながります。

また、このスキルを身につけると表現の幅が格段に広がります。

歌は楽器ではありません。節回しがない歌は不自然です。

鍵盤は”ポーン”と指で弾いたら、立ち上がりの音から語尾までまっすぐな音がでますよね。

それと同じように人間が≪入りも語尾もまっすぐに声を出す≫のはかなり難しいと思います。

普通に歌えば、ナチュラルな節が入るものなのです。

ここで勘違いをしていただきたくないのは、≪節回しを入れるというのは、演歌のように大きくコブシを入れる≫と言っている訳ではありません。

演歌の場合は節がタメを伴って深く大きく入ります。

当然≪濃い歌≫になりますよね。

そのようなイメージから≪節回しを入れる=濃い=古臭い≫と感じている方もいらっしゃると思います。

でもそんなことはございません。

節回し(しゃくり)にはいろんなタイプがあります。

大きく入れたり

小さく入れたり

早くしゃくったり

遅くしゃくったり

まっすぐ歌っているようでも頭にちょっとだけ入れたり

… etc 、ボーカリストによってさまざまなテクニックがあります。

節回しはシンガーの個性にもなるし、歌のニュアンスにもなります

みなさん、洋楽のボーカリストはクールでカッコ良く聞こえるので、そんなに節回しを入れていないのでは?と思う方も多いと思いますが、よく聴いてみて下さい。

言葉の頭や、語尾などにほんとうにさまざまタイプの節が入っています。

それでもそんなに濃く聞こえないのは言語による聞こえ方の違いがあるからかもしれません。

英語などは子音が強調されるので、母音が強調される日本語とは明らかに違って聞こえます。

ソウル系のシンガーは勿論、ロックボーカリストだって、ポップスもJazzも節はたくさん入れています。

マイケル・ジャクソンなんかが分かりやすいかもしれませんね。

彼独特の節回しがあるからこそマイケルらしい歌に聞こえるのだと思います。

節回しはボーカリストそれぞれのもので、それはボーカリストの個性にもなるのです。

また、節を入れることによって、歌に表情が入り、それはそのまま歌のニュアンスになります。

ポップミュージックが誕生してから半世紀以上経ちますが、まっすぐに機械のような音質で、音程もピッタリ合った歌声が世に出だしたのはここ10年来だけです。

テクノロジーの発達で、歌を修正できるようになったのは良い部分もたくさんありますが、それによって歌のニュアンスが消えたり、歌に個性やヒューマンさがなくなってしまうのであれば、これは本来の姿ではありません。