異例ずくめの原発カバー工事


1号機原子炉建屋カバー工事編(第1回)

東京電力福島第一原子力発電所の事故から、20173月で丸6年。

皆さんは、爆発する原子炉建屋を捉えた衝撃的な映像を、鮮明に記憶しているのではないでしょうか。

一方、福島第一原発で今何が行われているかと聞かれて、説明できる人はかなり少ないかもしれません。

廃炉に向けて毎日6000人が働く現場では、様々な工事や作業が同時並行で進んでいます。

その目的や内容を正確に理解しようとするだけで、大変な労力が伴うでしょう。

耳慣れぬ用語の氾濫が、さらに理解を難しくしています。

廃炉費用の増大が課題となるなか、国民として国のエネルギー政策や東京電力の振る舞いに関心を持ち続け、その是非を判断する一助にもして頂ければ幸いです。

転機は事故から約2週間後の会議

2011年3月に発生した未曾有の原発事故。

その直後から、東京電力の依頼を受けた大手ゼネコン数社が事故の収束に向けて対策を練り始めた。

1号機原子炉建屋を“カバー”ですっぽりと覆い、放射性物質の拡散を防止する任務を引き受けたのは清水建設だ(以下、敬称略。)


そんなことが、本当に実現可能なのか」。

提出されたプランに対して、会議の出席者らは一様に懐疑的だった。

東日本大震災の衝撃も覚めやらぬ2011328日のこと。

スーパーゼネコンの一角を占める清水建設では宮本洋一社長出席の下、東京電力への提案内容について熱心に議論が交わされていた。

議題はほかでもない、同年312日午後336分に水素爆発を起こした1号機原子炉建屋を、テントのような仮設のカバーですっぽりと覆い、放射性物質の飛散を抑制する緊急プロジェクトである。

現場の状況把握すらままならないなか、東京電力は清水建設に、カバーの建設計画の提案を依頼していた。

清水建設の手で同年10月に完成し、後に同社によって解体されることになる「建屋カバー」は、南北に46.9m、東西に42.3mの平面を有し、地上からの高さは54.4mに達する鉄骨造の巨大な構造物だ。

四隅の柱とそれらをつなぐ3、4段(合計13本)の梁、クリーム色の膜材を張り付けた壁・屋根パネルなどから成る。

建設後5年間にわたって原子炉建屋を覆うことになるのだが、この会議のころには、まだ影も形も存在しなかった。


ほぼ完成した1号機原子炉建屋のカバー。
2011年10月14日に撮影(写真:東京電力ホールディングス)

なにしろ1号機原子炉建屋の周辺には、津波と地震、そして水素爆発の影響で、車や建物の残骸があふれかえっている。

さらには、毎時数十ミリシーベルトという極めて高い放射線量が計測されていた。

人が容易に近づけない現場で、どのようにして巨大な構造物を建設すればいいというのか――。

会議の席上、建設計画の立案を任されていた生産技術本部の印藤正裕本部長が披露して出席者を驚かせたのは、溶接やボルト締めを一切用いず、離れた位置からクレーンで吊り込んだ柱と梁をかみ合わせるだけで接合するという「常識破り」のプランだった。

鉄骨造の最上階が吹き飛んだ

19713月に営業運転を開始した福島第一原発の1号機は、「BWR-3」と呼ぶ形式の沸騰水型原子炉だ。

格納容器にはフラスコ状の「
MARK 1型」を採用。出力は46kWを誇った。

東京電力は当時、プラントの建設一式を米ゼネラル・エレクトリック(GE)に発注。

下請けとして、東芝が原子炉圧力容器を、日立製作所が原子炉格納容器を、鹿島が建屋の建築工事を担った。

原子炉を収める建屋は地上5階、地下1階建てで、構造は主に鉄筋コンクリート造。
「オペレーティングフロア」のみが鉄骨造で、外壁はサイディングだった。

オペレーティングフロアとは、点検や燃料の交換などを行う原子炉建屋の最上階だ。

水素爆発で吹き飛んだのは、まさにこのオペレーティングフロア。

軽量な外壁は爆発の衝撃で放射性物質とともに四散し、周辺の放射線量を高める原因となった。

重量がある鉄筋コンクリートの屋根と型枠がわりのデッキプレート、トラス材はほぼ直下に崩落したことが後の調査で分かっている。


1号機原子炉建屋のオペレーティングフロアに折り重なるがれき。
建屋を取り巻く濃いグレーの部材が建屋カバーの柱・梁。20161226日撮影(写真:日経コンストラクション)

崩落したがれきは、オペレーティングフロアの天井クレーンや燃料取り扱い機(FHM)といった設備を押しつぶし、使用済み燃料を貯蔵するプールに覆いかぶさった。

事故当時から現在に至るまで、がれきの位置はほとんど変わっていない。

プール内には、今も使用済み燃料
292体、新燃料100体が眠ったままだ。

窓がないのっぺりとした壁面を覆う、水色と白色の抽象的な模様。写真で見るとスケール感がつかみづらく、小さく感じるかもしれないが、1号機原子炉建屋は平面が約40m角、高さが45mに達する巨大建造物である。

45mといえば、15階建てのマンションに相当する高さ。

これだけの規模の建屋を覆ってしまえるサイズのカバーを、放射線量が高い現場で造るのだから、建設技術史上、前例のない難工事になることは、疑いようがなかった。



1号機原子炉建屋のがれきの状況。
東京電力ホールディングスの資料をもとに日経コンストラクションが作成

ボルト締めを省略する

工事の最大の障壁と目されたのは、カバーの骨組みとなる鉄骨トラスの柱・梁の組み立てだ。

通常の施工方法では、柱と梁を接合する際に、ボルト締めや溶接といった人手を介する作業が不可欠になる。

ここで、一般的な鉄骨造建築物の建設現場を思い浮かべてみよう。

柱と梁の接合箇所に張り付いたとび職人が、クレーンで吊り込まれてきた鉄骨の梁を介錯ロープで引っ張り、正確に位置を合わせる。

ボルトを仮締めした後、本締めへ。

建物の規模によっては、溶接も必要だ。

このように多くの手順を要する膨大な作業を、全て職人が手作業で行わなければならない。

ところが、爆発直後の建屋周辺では、極めて高い放射線量が計測されている。

とても長時間の作業が可能な環境ではなかった。

そこで、計画の立案を任された生産技術本部の印藤は、溶接やボルト締めを一切使わず、かみ合わせるだけで柱や梁を接合する奇策を提案したというわけだ。

確かにそんな方法を採ることができるのなら、多くの職人が危険を冒して原子炉建屋に近づかなくても、離れた場所からクレーンを操作して巨大なカバーを構築できるかもしれない。

だが、過去に誰も聞いたことがない工法だ。

会議の出席者が戸惑うのも無理はなかった。

梁端部の穴を柱の突起に差し込む

清水建設の生産技術本部は、難易度が高い建築工事のサポートや、現場で必要となる技術の開発を担う部署。

トップを務める印藤は入社以来、長く施工現場に身を置いてきた技術者だ。

生産技術本部長に就任するまでは、シンガポール・チャンギ国際空港第
3ターミナルの現場所長を務めていた。

そんな印藤が率いるチームが提案した「かみ合わせるだけで柱と梁を接合する方法」とはどのようなものか。

詳細を説明しよう。

特徴は柱・梁のディテールにある。

断面が1900mm角の柱の側面には、直方体の「突起」が上向きに取り付けてある。

そして、幅が1900mm、梁せい(高さ)が2600mmの梁の端部には四角い形状の「穴」がうがたれている。

この突起と穴をがっちりとかみ合わせることで、柱と梁を接続してしまおうというのだ。



柱側に突起を設け、梁の端部に空けた穴とかみ合わせて接合する。
突起の上に角すい状のガイドを取り付け、梁の位置が多少ずれていても、自動的に正しい位置に導かれるようにした。
東京電力ホールディングスの資料をもとに日経アーキテクチュアが作成

突起と穴のすき間はわずか数ミリメートルで、いったんかみ合わせてしまうと容易には抜けない。

地震などで部分的に大きな力が掛かって鉄骨が座屈したり、降伏したりする恐れがないように、解析して検証を重ねた。

柱と梁をうまくかみ合わせるために工夫したのが、突起の上部に設けた角すい状のガイド。

クレーンで梁を吊り込んだ際に、多少位置がずれていたとしても、穴がガイドに沿って突起の真上まで自動的に導かれる仕組みだ。

四隅に置くカバーの柱も、凹凸をかみ合わせて組み立てる。

まるでブロック玩具のように組み立てる

このように、凹凸をかみ合わせて部材を接合してしまう方法は、「嵌合(かんごう)接合」と呼ばれる。

嵌合接合を利用した身近な例には、レゴに代表されるブロック玩具がある。

このほか、古い寺院や神社のような伝統的木造建築物の「仕口・継ぎ手」(二つ以上の部材を継いだ接合部)も、嵌合接合の代表例だ。

鉄骨造の建物についても、近年は建設資材の再利用による環境負荷の低減、急速施工などに着目した研究や事例が見られる。

しかし、建屋カバーのように巨大な構造物に適用した事例はない。

そう考えると、確かに「常識破り」の工法なのだが、現場の制約条件と建造するカバーの規模を考えれば、印藤が嵌合接合に行き着いたのは必然だったともいえる。