敵は「放射能」と「風」

1号機原子炉建屋カバー工事編(第4回)

福島県いわき市の小名浜港での入念な仮組みと、東京電力福島第一原子力発電所の構内で実施した準備工事を経て、2011810日から建屋カバーの組み立てが始まった。

作業の敵は、放射能と「風」だ(以下、敬称略。
)。

 「チョイチョイ」。放射線を遮蔽するため、厚さ10cmほどの鉛ガラスや鉄板で覆われた運転室に指示が響く。これに従い、オペレーターは750t吊りクローラークレーンを少し左に切った──。



鉄骨の柱・梁の建て方が完了した状態。2011年9月9日撮影(写真:東京電力ホールディングス)


750t吊りクローラークレーンで建屋カバーの壁パネルを設置する様子(写真:東京電力ホールディングス)

2011年8月10日から始まった建屋カバーの建て方(組み立て)は、「クレーンの操作室」、「移動操作室(がんばろう福島号)」、「免震重要棟」の3カ所に散らばった施工部隊が、無線の会議システムを通じて情報共有し、カメラの映像や吊り荷の三次元座標を表示したディスプレイとにらめっこしながら行う繊細な作業だ。

クレーンのオペレーターへの指示は、少し離れた位置にあるコンテナ式の移動操作室からのものだ。

放射線を遮蔽したコンテナの中には、防護服とマスクを身に着けたとびが3人。

このうち1人が、クレーンのオペレーターに旋回や巻き上げなどの指示を送る。

もう1人は、吊り荷の回転制御を担う。

最後の1人は玉外しを担当する。

ディスプレイには、クレーンのブームに取り付けたカメラの映像や、光波距離計(トータルステーション)で自動計測した吊り荷の位置情報が、刻一刻と更新される。

計測データは、事故の復旧作業の拠点となっている発電所内の免震重要棟に置かれた部隊が作成している。

1日6時間の作業は、3班が交代して進めた。

夏期は熱中症のリスクを避け、午後の作業を中止した。


清水建設が開発した情報共有システム。
カメラの映像や自動計測した吊り荷の位置情報を分割画面に表示する。
写真は小名浜港での仮組みの際の画像(写真:清水建設)

早朝の「朝なぎ」を活用

部材があまりに巨大なので、吊り荷は風の影響を受けやすい。

しかも、発電所は海に面していて、常に風が吹いている。

風が強い日は、ファンを利用した回転制御装置も役には立たない。

現場では過去の気象データを収集したうえで、作業の条件を風速2m/s以下と決めた。

とりわけ風にあおられやすいと想定していた屋根パネルの据え付けでは、風が一瞬だけ止む「朝なぎ」の時間帯を有効活用。

早朝の午前6時から作業を開始した。

「ある瞬間に風がピタっと止まる。さあいまだ、という感じだった」。

節目ごとに現場に通った清水建設生産技術本部の印藤正裕本部長は、現場の様子をこう振り返る。

その甲斐あって、スムーズにいけば、屋根パネルは1枚当たり20分間ほどで梁に載せることができた。

「結果的には壁パネルが最も大変だった。風の影響を強く受けるので、作業の中断も多々あった。
屋根は1回も中断することなく、6日間で6枚を取り付けることができた」
(東京電力福島第一安定化センターの上野靜二・原子炉建屋カバーグループマネージャー)。

柱・梁の設置は11年8月10日から9月9日まで。

続けて10月10日までかけて壁パネルを取り付けた。

10月8日から屋根パネルに着手し、10月14日には建て方が完了した。

この間、職人がカバーの躯体に登って作業することは、一度もなかった。


最後の屋根パネルを設置する様子(写真:東京電力ホールディングス)

設備も「近づかない」が原則

建て方を終えたカバーには、内部の放射性物質を除去する6台のフィルターユニットを取り付けた。

1台のフィルターユニットは長さ約12m、高さ約3mほど。

トレーラーに積んだまま、1号機原子炉建屋の西側に並べた。

カバー内の空気は、天井の吸い込み口から柱の内部に設置された排気ダクトでフィルターユニットへ送られ、浄化後に高さ4mほどの排気管を通じて外部に放出される。


1台のユニットは、1時間当たり1万m3の換気能力を持ち、常に4台が稼働。カバー内の空気を1時間程度で入れ換える計算だ。


建屋カバーの排気設備とモニタリング設備の構成。東京電力ホールディングスの資料をもとに日経アーキテクチュアが作成

換気システムを手掛けた、日立GEニュークリア・エナジー原子力計画部システム設備計画グループの柳澤徹爾・主任技師は、設備面の工夫についてこう説明する。

「フィルターは人手による交換を要する。

従来はスパナでボルトを締める必要があったが、被曝量低減のためにハンドル状に改造した」。

柱の内部に仕込まれた排気ダクトも、柱と同様に差し込むだけで継げる仕様だ。

柱と同じく上の部材を下の部材に差し込む。

上の部材にはガスケットが付いており、押さえつけて密着させる。

清水建設と協力しながら仕様を決定した。

屋根には緊急時に使用済み燃料プールを冷却する注水配管が組み込まれた。

放水能力は1時間当たり約30m3だ。

「20m以上離れたプールにも、がれきのすき間を狙って注水できる」。

開発を担当した日立GE原子力サービス部保全計画グループの横田勝男・主任技師は語る。

注水ノズルは遠隔操作で上下左右に動かせる。

躯体の建設だけでなく、設備の操作・メンテナンスに至るまで「近づかずに作業ができる」という原則が貫かれた建屋カバー計画は、11年10月28日に無事完了した。

フィルターユニット(上の写真)の内部には、セシウムを除去する高性能フィルター(除去効率97%)や、ヨウ素を除去するチャコールフィルター(除去効率90%)などを組み込んだ(写真:東京電力ホールディングス)

安全性はぎりぎりの妥協点か

印藤は生産技術本部長に就任するまで、シンガポール・チャンギ国際空港第3ターミナルの現場所長を務めていた。

同ターミナルの工事現場では、巨大な屋根を地上で組み、リフトアップした経験を持つ。

こうした経験は、大型の鉄骨部材を遠隔操作して組み立てるカバーの工事のイメージをつかむのに、大いに生かされたようだ。

通常は担当部署だけで進めることが多い原子力関連プロジェクトだが、清水建設では震災直後、社長も参加する打ち合わせを毎日、土日も返上して行った。

社を挙げて、建屋カバーの建設に取り組んだという。

開発した一連の技術をS-SJS工法(清水スマートジョイントシステム)と名付け、特許も出願した。

深刻度では旧ソ連のチェルノブイリ原発事故に並ぶレベル7(国際原子力機関 などが作成した「国際原子力事象評価尺度」で最悪のレベル)の現場で、大きな事故やトラブルを起こすことなくカバーを建設した技術は評価に値する。

しかし、気掛かりな点がないわけではなかった。

供用期間中に、巨大な余震や台風に見舞われないとも限らないからだ(供用期間は当初2年を予定していたが、実際は5年を超えた)。

東日本大震災では、原子力関連施設の設計に用いる基準地震動を超える加速度が、複数の原子炉建屋で観測された。

だが、今回の建屋カバーは「応急措置」という位置付けの下で原発の耐震指針や建築基準法の適用を除外され、設計は建築基準法に「準じて」行われた。

「現実的な路線で設計」

東京電力は設計に用いた地震力について、水平震度0.2と説明している。

耐震性は一般産業施設と同程度だという。

同社は、設計荷重を大きく超える外力が生じても架構が崩壊形を形成する前に「滑動」し、建屋に寄りかかって支持されるため、崩壊には至らないとする。

設計に用いる風圧力は、日本建築学会の「建築物荷重指針・同解説(1993年)」に基づき、再現期間を10年として低減。

本来は30m/sとする基準風速を、25m/sに設定した。

http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/cntcolumn/15/00012/00008/411.jpg

カバーの設計荷重は建築基準法に準じた。

東京電力は、設計荷重を大きく超える外力が生じても建屋カバーの架構が崩壊形を形成する前に「滑動」し、建屋に寄り掛かるため、崩壊には至らないと説明した(資料:原子力安全委員会)

確かに供用期間の短さを踏まえれば、仮設建築物に適用する10年という再現期間は妥当だ。

しかし、施設の重要度という観点からは万全とは言い難い。

東京電力から報告を受けた原子力安全・保安院は、風圧力を低減した理由について「『現実的な路線』で設計したためだと聞いている」と話す。

そもそも建設自体が極めて困難な計画を、短期間で作業員の安全を確保しながら実現するためには、ぎりぎりの妥協点だったのかもしれない。