原発がれきに咲いた花


1号機原子炉建屋カバー工事編8

最上階に残ったがれきの撤去に向けて、清水建設JVが進めている建屋カバーの解体。

2016年11月10日には18枚ある壁パネルの撤去が完了し、工事は節目を迎えた。

連載の最終回では、記者が間近に見た工事の模様をリポートする
以下、敬称略。肩書きや組織名は、特記以外は2016年11月時点)。

暗闇にたたずむ1号機原子炉建屋が薄桃色に染まり、「はやぶさ」と名付けられた750t吊りクローラークレーンのエンジン音が静寂を破った。

「平均風速は毎秒1.2m、気温は4.5℃」。報告が無線で飛び交う。

日の出とともに、西風が収まってきた。

幅23m、高さ17m、重量20tの壁パネルは、板状なので風にあおられやすい。

2016年11月10日午前5時59分、待ちわびた「朝なぎ」の瞬間を逃すまいと、建屋の北側下部に残る最後の1枚を取り外す作業がスタートした。

散水設備の設置やがれきの吸引を済ませた後、同年9月13日に始まった壁パネル撤去作業の、最後の一幕である。


最後の1枚となった壁パネルを取り外す。
写真は作業開始直前の1号機原子炉建屋。
記者がカメラを構えた場所は、建屋の北側にある旧厚生棟と呼ばれる建物の前だ。
2016
1110日撮影(写真:日経コンストラクション)

壁パネルを取り外す手順(資料:日経コンストラクション)

朝礼が午前4時に始まる「超・朝活」現場

作業が始まる約2時間半前の午前3時30分。

筆者は福島県楢葉町にある清水建設JVの現場事務所に到着した。

まだ深夜と呼べる時間帯にもかかわらず、事務所には煌々(こうこう)と明かりがついている。

このとき室内にいたJV職員は30人弱。

そそくさとパソコンを起動してモニターをのぞき込む人がいれば、パンをほおばる人も。

午前3時50分、職員は神棚に拝礼し、作業内容を確認し合う。

「今日は最後のパネルを取り外す。

気を抜かないように」。

清水建設JVの砂山智所長が訓示を述べると、「本日もご安全に」という掛け声が響いた。

作業員を交えた朝礼が始まったのは直後の午前4時。

ラジオ体操や作業内容の確認などを済ませてから、いよいよバスで福島第一原発に向かう。

午前350分、神棚に拝礼する清水建設JVの職員。
JV職員は合計50人ほどで、作業員などを合わせると事務所は150人体制だ(写真:日経コンストラクション)

朝礼でラジオ体操をする様子。
清水建設JVの職員と作業員は、同じ宿舎で生活をともにする。
「同じものを食べ、一緒に風呂に入れば輪ができる」。
砂山智所長のポリシーだ(写真:日経コンストラクション)

福島第一原発がある大熊町と双葉町の一部は放射線量が高く、今も「帰還困難区域」に指定されている。

日中に国道6号を走ると、バリケードで締め切られた生活道路や、雑草に覆われた家屋が目に飛び込んでくるのだが、真っ暗でほとんど何も見えない。

福島第一原発に到着したのは午前5時前だ。

クレーンで大きな吊り荷を扱う際は、山や海からの風が止む「朝なぎ」を狙って作業するため、現場の朝はこのように非常に早い。

手続きを済ませ、防護服に着替えて発電所の構内を移動し、1号機原子炉建屋の北側の高台に着いたのが午前5時30分すぎ。

間もなく750t吊りクローラークレーンのエンジンが掛かり、クレーンや機材の始業前点検が終わると、壁パネルの撤去作業はおもむろに始まった。


日中に撮影した帰還困難区域の街並み。
歩道はバリケードで封鎖されている。
車中から20171月に撮影(写真:日経コンストラクション)

自動玉掛けの手順を図解

高さ130mもある750t吊りクローラークレーンのオペレーターは、鉛ガラスで防護した運転席で、自動玉掛け装置を搭載した治具を吊り込む。

装置をツノの位置に導きやすくするために、治具にはガイドを取り付けてある。

正しい位置に到達したら、少し離れたコンテナ内の操作室から装置を遠隔操作して玉掛けする。

両者の連携が、作業の成否を握る。

クレーンのオペレーターや装置の操作者が頼りにするのは、各所に取り付けたカメラの映像と、治具の位置情報。建屋の周辺に複数の計測機器(トータルステーション)を配置し、治具の位置をリアルタイムで取得。

誤差をミリ単位で表示する。


自動玉掛けの流れ。
治具を所定の位置に導くガイドがポイントだ。
形状は簡略化して示した(資料:日経コンストラクション)

750t吊りクローラークレーンで重量20tの壁パネルを吊り上げる様子。
ファンで起こした風をダクトから排気して回転を制御する装置(写真中央上)を用いた(写真:日経コンストラクション)

750t吊りクローラークレーンの運転席。
このクレーンは、1号機の建屋カバーの建設に使われた後、4号機の燃料取り出し用カバーの建設に使用され、
再び1号機の工事に用いられている(写真:清水建設)

工程に影響したのはヤードの狭さ

壁パネルを架台に仮置きする時だけは、防護服に身を包んだ作業員がパネルの左右から介錯ロープを引いて位置を調整する。
建屋周辺の放射線量は毎時0.10.3ミリシーベルトほどで、比較的高い(写真:日経コンストラクション)

取り外す瞬間にどこかに引っ掛かったのか、壁パネルは少し左右に揺れた。

しかし、その後は危うげなく宙を舞い、1号機タービン建屋の北に設けた架台に立て掛けられた。

時刻は午前6時22分。

一連の作業は30分足らずで、拍子抜けするほどあっさり終わった。

この30分のために、大勢のJV職員や作業員が毎朝午前2時ごろには起床している。

架台に仮置きした壁パネルはその後、平置きして2分割し、もう1台のクローラークレーンで発電所の港湾にある「物揚げ場」の作業ヤードに運んだ。

ヤードでは、カバーをさらに細かく切断し、コンテナに詰めて保管庫に移送した。

これで解体作業は終了だ。

清水建設JVが合計18枚ある壁パネルの取り外しに着手したのは16年9月13日だから、3日に1枚のペースで撤去した計算になる。

「玉掛けして架台に置くまでの作業は、風がなければ30分程度で終わる。

しかし、ヤードが狭いので、取り外してからの解体作業に工程が引きずられた」。

清水建設JVの日比野兼次副所長は、撤去に時間が掛かった理由をこう説明する。

1号機原子炉建屋と重機の位置関係。
架台に立て掛けた壁パネルはその場で平置きして2分割し、膜材をはがしてからもう1台のクローラークレーンで物揚げ場に移送。
細かく解体する(資料:日経コンストラクション)

建屋カバーの壁パネル(写真右手)を架台に仮置きした後、東の空(写真左手)に太陽が姿を現した(写真:日経コンストラクション)

作業ヤードの狭さは工程管理に直結するので、福島第一原発の工事では必ずと言っていいほど問題になる。

別の工事を同時期に進める建設会社やメーカーとの複雑な調整が欠かせず、苦労する現場は多い。

一方、「もし福島第二原発で同じことが起こっていたら、さらに工事を進めるのが大変だったのでは」と指摘する建設技術者もいる。

福島第二原発の敷地面積は、福島第一原発の半分以下の約147万m2しかないからだ。

2017年3月からカバーの柱や梁を撤去・改造

屋根パネルを一部取り外し、建屋の最上階(オペレーティングフロア)のがれきの調査を始めたのが約2年前。

清水建設JVの砂山は言う。

「無事故・無災害で、全てのパネルを取り外せた点はうれしく思う。

ただし、これは一つのステップにすぎない」。

次はあらわになった1号機原子炉建屋の上部にカメラを吊り込み、がれきの状態をより詳しく調査する。

並行してクレーンを整備し、17年3月からカバーの柱・梁を取り外す予定だ。

柱・梁の嵌合(かんごう)接合部はしっかりと噛み合っているので、容易には抜けないかもしれない。

そこで、接合部の隙間にくさびのようにピンを差し込み、抜けやすくするための機械も開発中だ。

オペレーティングフロアより3mほど上にある中段梁は、がれき撤去の邪魔になるので、柱とともに一旦撤去し、作業に備えて防風シートを取り付け、再設置する。最後に建屋の北側に作業用の構台を設置する。

構台には遠隔操作が可能な重機を載せて、オペレーティングフロアに積もったがれきを撤去していく。

それが終われば、ようやく燃料取り出し用カバーの建設に移ることができる。

道のりはまだまだ長い。

20173月以降は、建屋上部の解体に備えて上段の柱・梁を解体し、中段梁に飛散防止用の防風シートを取り付けるなどの改造を施す。
その後、建屋の北側に無人重機を載せる構台を築く。
東京電力ホールディングスの資料に日経コンストラクションが加筆

作業を円滑に進めるために、オペレーターの作業環境の改善にも取り組むつもりだ。

狭い運転席やコンテナ内で、防護服に身を包み、カメラの映像と位置情報を頼りに機械を操作するには、高い集中力を要する。

2~3時間が限界だという。

そこで、発電所内の「情報棟」と呼ぶ施設を除染し、軽装で操作できるように造り変える。

「操作性を高めるために、映像のタイムラグも解消したい」(砂山所長)

清水建設がハイボット(東京都品川区)と共同で開発したロボスコープ(CTARM)。
先端にカメラを搭載した4mのアームは、四つの関節を持つ。
調査後は進入時と同じ軌跡を描いて安全に戻ってくることが可能だ。
右の写真はロボスコープで撮影した1号機原子炉建屋のがれきの内部。
左手に見えるのが使用済み燃料プール(写真:清水建設)

映像を頼りに調査用のカメラを遠隔操作するオペレーター(写真:清水建設)

「鳥が種を運んできた」

やるべきことは山積している。

だが、砂山は功をあせるつもりはない。

「無理に工事を急いで事故やトラブルを招けば、結局は歩みを止めてしまうことになる。それが長期にわたると『やっぱり福島第一原発は…』と思われるだろう。一歩ずつ進めていくしかない」。


http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/atcl/cntcolumn/15/00012/00013/8-14.JPG

防護服の上にタングステンベストを着込んだ清水建設JVの砂山智所長。
カバー解体工事の節目となった20161110日、風速を計測するために、自ら原子炉建屋に隣接するタービン建屋の屋上に登った。
作業員の被曝線量をなるべく減らすために、所長自ら放射線量の高い場所を調査することも多い(写真:日経コンストラクション)

そうは言っても、砂山が福島第一原発に着任したのは12年。

すぐさま大きな成果が出るわけではない難工事を延々と率い続ける心労は、並大抵でないはずだが。

「休日の楽しみは、地元への貢献も兼ねたゴルフ。

福島では安くプレーできる。

事務所の職員や作業員はそれぞれ釣りや旅行に行って、ストレスをためないように気をつけていますよ」。

砂山はからりと笑いながら答える。

実は、仕事中にもささやかな楽しみがあるそうだ。

事故から6年、時計の針が止まったかのような建屋と向き合い続ける日々に訪れた、作業の前進を感じる瞬間――。

「そういえば、カメラで1号機原子炉建屋のオペレーティングフロア(最上階)に積もったがれきを眺めていると、ある時、草が生えているのに気づいた。

皆で、『あれっ』と。我々が屋根パネルを外し終えた後に、鳥が種を運んできたのでしょう。

観察し続けていると、ついに花が咲いた。

なんだか、うれしかったですね」(砂山所長)。